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2011-04

静かすぎる祭日とチャリティコンサートの告知

今年もパスクワの祭日がやってきました。毎年毎年、筆無精の僕が日記をたまに書く気になるほど何も無い休日です。
練習もできないし、毎日少年やセミプロでにぎわう近くのサッカー場も今日だけは静か、リアルに鳥の声しか聞こえてきません。連休の二日目はみなさん家でおとなしくしてるんですかね。こんなときこそ楽譜を眺めたりしてると、意外と行間が読めたりしていいもんです。

そんな中、以前チラっと書いたサンタ・チェチーリア音楽院の日本人学生によるチャリティコンサートが迫ってきたので一応告知します。ここで日本語で告知してもあまり意味が無いかもしれませんが( ´∀`;)
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がんばろう、日本。発起人はイタリアで7年来の友人Hさん。彼女自身阪神大震災で、震災の悲惨さ・恐怖を身を以て体験された方です。なにかしようしようと思っていても外国ではなかなか実現するのが難しいものですが、彼女が大変な熱意をもって日本人学生や校長に声をかけやっと実現できたものです。本当に感謝!

世界に羽ばたこうとしている若き音楽家たちによる、声楽・ピアノ・ヴァイオリン・弦楽四重奏・ジャズサックスなどバリエーション豊かなプログラム。遠い異国の地から、祈りを込めて演奏します。募ったお金は日本赤十字社に義援金として送る予定です。4月29日(金)、サンタ・チェチーリア音楽院にて。もちろん入場無料です。
もしローマにいらっしゃる方がおられましたら是非お越し下さい!

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連休中のうにもまったり平和を祈っております。

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ボルドーという街

コンクールが行われたメリニャック市から車で15分ほど、フランス第6の都市ボルドーを半日だけ観光しました。
ボルドーといえばなんといってもワインが有名ですが、その通り街を流れるガロンヌ川沿いにはワインを樽に詰めて輸出するための新旧倉庫がズラッと並んでいます。ここから船が大西洋に出て、世界中の愛好家たちのもとに運ばれるのです。

ボルドーの歴史はそのままフランスの闘争の歴史です。
近代には、ドイツの攻撃を逃れ3度パリからの遷都で首都になっています。その最後が第二次世界大戦中のナチスドイツ軍の空爆。パリ同様ボルドーは歴史と現代建築が美しく融合した街ですが、今でも港付近には破壊されそのままになっている場所もあります。
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写真は旧港。弾痕が生々しく残されています

古くはローマ帝国時代から戦争や侵略の渦中にありながら、主要産物であるボルドー・ワインはあらゆる民族に愛され、2千年近く生き続けてきたわけです。凄いですよね( ´∀`)

印象的だったのは、ガロンヌ川沿いにあるの数々。おそらく補修されたりしているのでしょうが、今でもとても奇麗な状態で川と市の中心を分けています。
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ボルドー最高のホテル、ホテル・ド・ヴィーユ。立派すぎてもはやホテルには見えませんね・・
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こちらは街で見かけた、駐車場。見事に飛び出ていますがオブジェだと、運転してくれたおじいちゃんは言っていました。何度か聞き返しましたがお互い英語がつたないせいか、最後まで本当なのかどうなのかわかりませんでした(笑)壮大なフレンチ・ジョークなのか!?
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正直、27日の夜遅くまでコンクール及びコンサートがあり、観光できたのは翌28日の午前中のみ。疲労と二日酔いで半分寝たような状態で、おじいちゃんに車で色々案内されてました・・・
次回行く時は、絶対に何日かかけてじっくり観光してこないとボルドーに失礼ですよね・・・

さて、最後はおすすめで買ってきたボルドーの食前酒「Chateau De Bastard」と赤ワイン「Chateau Gloria Saint-Julien 2006」、そして優勝カップ。もったいなくてまだ開けてません( ´∀`;)今度友達でも呼んだ時に一緒に飲んでみようと思います!
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拙い観光記を最後まで読んでくださってありがとうございました。




人の温かさと緊張感の狭間で・・Merignac piano competition

皆様、お元気でしょうか。ご無沙汰しておりました。
まず初めに、東日本大震災にあわれた皆様、また今もなお避難所等で暮らしておられる方々に謹んでお見舞い申し上げます。地震が起きた瞬間、イタリアは朝7時頃で私はなんとなくPCを眺めていましたが、ニュースで次から次へと流れてくるひどい有様に呆然とし、しばらくピアノを触る気力もおきませんでした。

未曾有の大惨事をただただ海外から眺めるしかないという無力さと、また我が古里である東北地方が破壊されたくさんの方々が亡くなった事に対する深い悲しみは言葉では言い尽くせません。

そんな中、海外で暮らす者にできることはないものかと、私の卒業したサンタ・チェチーリア音楽院の日本人生徒が集まって4月29日にチャリティーコンサートを開く事になりました。詳細が決まり次第このブログでも紹介しますが、イタリアから少しでも義援金を送る事が出来ればいいと考えております。

さて、3月23日から始まったフランス・ボルドー郊外Merignac pianoopen国際ピアノコンクールを受けて参りました。このメリニャックという町には、第二次世界大戦の初期にドゴール将軍が1940年6月にフランスを離れ亡命先のロンドンへ旅立った空港があります。飛行機を降りメリニャック市の中心まで行くと、新しいテクノロジーを利用した「電線がないトラム」でボルドー市内に行く事ができます。
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写真はボルド-市内、電線の無いトラムとサンタンドレ大聖堂

コンクールは一次・二次・ファイナルと続き、胃に穴の空くような緊張感の5日間を送りましたが、その間家のピアノを貸してくれたり、食事をごちそうしてくれたりした老夫婦がいました。このコンクールはなにしろホテル・練習場所・会場が市内に散っていて移動が大変だろうと考えていたのですが、ふたをあけてみたらこの老夫婦が毎回車で送り迎えをしてくれる、という親切さで本当に助かりました。
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おじいさんの家のラモーのピアノ。家具調ながら音は本物のすばらしいピアノでした。マゼッパとか弾いてごめんなさい。

一次を通過した夜にはボルドーらしい赤ワインと牛肉をごちそうしてくださり、またファイナルの直前には胃がもたれないように軽めの昼食を用意してくれたり・・・最終的にはファイナルの課題曲モーツァルトのピアノ協奏曲も聴きにきてくれ、最後まで本当に我が子のように接してくれました(T∀T)

結果、運も良く第1位をとることができ、僕にとっては信じられないくらいなにもかもがうまくいったコンクールでした。広いホールでいかに音を響かせるか、それがここ数年の課題だったのですが、それも少しずつ自分の中では解決していっているのかな、と実感しています。もちろんまだまだ反省点は多いですが、次のコンクールにつなげられれば、また今年日本の皆さんにお聴かせする時にその成果が出せればいいなと思います。
応援してくださった方々本当にありがとうございました。

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次回は最終日にやっと少しだけ観光できたボルドーの様子を・・書くかも!?


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