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2014-09

門下発表会のお知らせ

秋は文化の季節。薄れてくる緑はどこか物悲しく郷愁を誘い、深まる夜に様々な思いを馳せる。クラシック音楽のイマジネーションが最も敏感になるこの最良の時期に、今年も発表会を開催することとなりました。

今年ではや第3回。多くの新しい生徒さんも加わり、また第1回から出演している子たちもどんどん成長してくれています。1年の集大成、自分がどれくらい成長したかを実感し、また家族の皆さんに聴いてもらう大事なイベントです。今年はどんな姿を見せてくれるのか、今から私の方が楽しみです。

生徒の一人が電話抽選で見事に当ててくれた日比谷の松尾ホールで行うこととなりました。私はあくまで脇役ですが、最後に少しだけ弾かせて頂きます。もしご興味ありましたら、是非応援に来て頂ければ幸いです(^^)

日時:10月12日(日)12:30〜17:00
会場:日比谷スタインウェイサロン東京内松尾ホール発表会2014
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希望名人と絶望名人

最近面白い本を読みました。

ゲーテとカフカ
「希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話」

ベートーヴェンとも交流があった時の人ゲーテ、「朝起きたら虫になっていた」で有名な「変身」の著者カフカ。この二人はあらゆる点で対照的で、同じような事が起きてもゲーテは希望の源とし、カフカは絶望のきっかけとしてしまいます。

エピソードの一つを紹介しますと、

ゲーテ「私達が将来こうありたいと思うのは、自分にその素質があると予感しているからこそで、いずれは実現する事を今は夢見ているのである」

カフカ「こうして、またも誘惑が始まり、またしても絶対不可能という答え。どれほど悲しくても、けっきょくはそれが本当なんです。」

「夢は叶うのか」という葛藤は、万人がもつものであります。大体の場合は夢をもち、完全には叶える事はなく、それでも自分なりに生きていく、というのケースがほとんどだと思います。私もその一人です。そういう意味では、どちらが真理かといったら残念ながらカフカの方に分があると言えるのではないでしょうか。

しかし、だからといって初めから不可能と決めつけていたら努力・邁進できるでしょうか。ゲーテの言う通り、初めから素質がないと予感していたら夢すらも持てません。夢を持てるということは、非現実的なものですら実現の可能性があるという何よりの証拠なのではないでしょうか。

要するに、私はこの両者の相反する考え方、その二つを併せ持ったのが人間というものなのだという結論に行着きます。恐らく著者の意図もそこであり、最終章のみ「ゲーテにとっての絶望とは」、「カフカにとっての希望とは」というふうに逆転した論点になっていて、人間はそんなシンプルなものではないということを暗示しています。

ところで私は、私の恩師たちが私にとってそうであったように、ピアノ教師は人生の教師でありたい、と常日頃考えています。私は飽きれる程楽天的であるという自負があり、私自身はそれが「得である」と感じるので、ピアノを教える際にも、またその他の悩みの相談を受けるときも、このポジティブさを生徒たちに分け与えようとします。

しかし、年齢があがるにつれ、若者は理想と現実の違いに気づき、進路や人間関係などで悩むようになります。中にはあまりにネガティブな考えばかりもち、前進できないような生徒もいて、そのような考え方を私はどうしても理解できない、という悩みがありました。

この本を読む事で、人間がそのような窮地に陥ったとき思考はどのように働くのか、カフカの言葉を読んで分かるようになりました。ゲーテの言葉も勿論心に響きますが、私にとって未知の領域だったのはカフカの方です。

私と同じような人はカフカの言葉を味わうことで、読んでいて不快なほど人間の暗い部分を知ることができます。逆に、暗い気持ちに沈んで前進できない状況にある方は、(鼻持ちならない部分もあるでしょうが)ゲーテの言葉をかみしめることが何かの助けになるでしょう。自分にはない面を知る事で、他人の気持ちや、翻っては自分の気持ちをより深く理解できるようになるのではないかと思います。

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