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2024-05

希望名人と絶望名人

最近面白い本を読みました。

ゲーテとカフカ
「希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話」

ベートーヴェンとも交流があった時の人ゲーテ、「朝起きたら虫になっていた」で有名な「変身」の著者カフカ。この二人はあらゆる点で対照的で、同じような事が起きてもゲーテは希望の源とし、カフカは絶望のきっかけとしてしまいます。

エピソードの一つを紹介しますと、

ゲーテ「私達が将来こうありたいと思うのは、自分にその素質があると予感しているからこそで、いずれは実現する事を今は夢見ているのである」

カフカ「こうして、またも誘惑が始まり、またしても絶対不可能という答え。どれほど悲しくても、けっきょくはそれが本当なんです。」

「夢は叶うのか」という葛藤は、万人がもつものであります。大体の場合は夢をもち、完全には叶える事はなく、それでも自分なりに生きていく、というのケースがほとんどだと思います。私もその一人です。そういう意味では、どちらが真理かといったら残念ながらカフカの方に分があると言えるのではないでしょうか。

しかし、だからといって初めから不可能と決めつけていたら努力・邁進できるでしょうか。ゲーテの言う通り、初めから素質がないと予感していたら夢すらも持てません。夢を持てるということは、非現実的なものですら実現の可能性があるという何よりの証拠なのではないでしょうか。

要するに、私はこの両者の相反する考え方、その二つを併せ持ったのが人間というものなのだという結論に行着きます。恐らく著者の意図もそこであり、最終章のみ「ゲーテにとっての絶望とは」、「カフカにとっての希望とは」というふうに逆転した論点になっていて、人間はそんなシンプルなものではないということを暗示しています。

ところで私は、私の恩師たちが私にとってそうであったように、ピアノ教師は人生の教師でありたい、と常日頃考えています。私は飽きれる程楽天的であるという自負があり、私自身はそれが「得である」と感じるので、ピアノを教える際にも、またその他の悩みの相談を受けるときも、このポジティブさを生徒たちに分け与えようとします。

しかし、年齢があがるにつれ、若者は理想と現実の違いに気づき、進路や人間関係などで悩むようになります。中にはあまりにネガティブな考えばかりもち、前進できないような生徒もいて、そのような考え方を私はどうしても理解できない、という悩みがありました。

この本を読む事で、人間がそのような窮地に陥ったとき思考はどのように働くのか、カフカの言葉を読んで分かるようになりました。ゲーテの言葉も勿論心に響きますが、私にとって未知の領域だったのはカフカの方です。

私と同じような人はカフカの言葉を味わうことで、読んでいて不快なほど人間の暗い部分を知ることができます。逆に、暗い気持ちに沈んで前進できない状況にある方は、(鼻持ちならない部分もあるでしょうが)ゲーテの言葉をかみしめることが何かの助けになるでしょう。自分にはない面を知る事で、他人の気持ちや、翻っては自分の気持ちをより深く理解できるようになるのではないかと思います。
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● COMMENT ●

夢というもの

こんばんは。
まず、お兄様のご結婚おめでとうございます。やっぱりお兄様も音楽をなさるんですね♪

ところでこのゲーテとカフカの本、私も宣伝を見た時に興味を覚えましたが、カフカの言葉のほうにリアリティを感じるのが予感され、落ち込みそうでなかなか手に取れないでいます。

夢は本当に叶うか、という問題は人間の永遠の命題のひとつですよね。
指導者の立場におられる方々にとっては、そういう相談を受けた時、本当に難しいだろうとご苦労が偲ばれます。

以前本や新聞で読んだ事で、心に残ってることを書かせて頂きますと…
ひとつは、
「学校などで指導者は生徒や学生に、夢を持って努力せよ、などと言う。
しかし、本当に教えねばならぬことは、夢が叶わなかった場合も平気でいろ、仮にも死にたいなどと思わずに、平気で生きていろよ、ということである。」
という記事でした。これは私も誰の言葉か忘れてしまいましたが、とても共鳴しました。
でも「夢が叶わなくても平気でいる」ということは、「夢を叶える」ということと同じくらい、いえ、それ以上に難しいことだとは思いますけど…。

もう一つは、昔から名作と呼ばれる数々のTVドラマを書いた脚本家の言葉です。
「大人が若い人達に、夢は叶う、と軽々しく吹き込むのは現代の無責任な風潮だ。
夢というものは、ほとんどの場合叶わないことを、我々大人は身をもって知っているではないか。
金メダリストに『諦めなければ、夢は絶対叶う』などと語らせているが、彼らがごくごく稀にしか存在しない運命の人達だ、ということは誰も言わない。

冷静な第三者から見ても本人の資質に見合った夢や、他者や社会に貢献するような地に足がついた夢ならともかく、若い人が気分や憧れで思いついた夢にまで、『夢は叶えるためのもの』などと大人が煽ってはいけない。
それは詐欺のようなものだ。
そういう夢が叶うことはほとんどなく、青春や人生の時間とエネルギーを消耗させるだけだ。」
というような内容の言葉です。

私も五輪金メダル選手が、「諦めなければ夢は叶う」というCMなどを見るたび、でも、他の選手達も、試合に際して最後の一瞬まで諦めてなかったはずなのに、たぶん子供の頃からの夢であっただろう、メダリストになるという事は叶わなかったじゃないの?と疑問に感じてしまいます。

私個人は、複数の夢があり、いくつかは叶い、いくつかは叶いませんでした。
どれとどれが叶い、どれとどれが駄目か、ということについては、私自身が選べず、天が選んだ、という感じです。
長くなりまして、失礼しました。







>>タミイ様

タミイ様、この超不定期ブログをいつもご覧頂いて本当にありがとうございます。

「夢は叶うのか」この世に生を受けたほぼ全ての人間がそれに悩み、振り回され、それでも生きている・・・そのように映ります。私も10年も前であれば「夢は願えば叶う」そう思って参りましたが、現実はそう甘いものではないことを思い知らされました。しかし、努力を続けていればその何%かは神様が叶えてくれるのは確かな気が致します。結局のところ、その何%かにささやかな幸せを感じられるかどうかでその人の人生が決まるのではないでしょうか。

タミイ様が書いて下さったお言葉、身につまされる思いですが全くその通りだと思います。子供が持つ夢、それを大人が無責任に叶うなどと言ってはいけないし、子供はそれが真実ではないことをすぐに知ります。その代わりに、「努力しても叶わないかもしれない、それでも努力できる人が立派になり、幸せになれる」ということを教えなくてはならないと思います。実はこれ、将棋の羽生名人のお言葉なのですが・・まさに我が意を得た言葉なので、生徒たちにはそのように教えて参りたいと思います。

大拍手でございます!

やっぱり先生は素晴らしい指導者でいらっしゃいます!
私も、先回のコメント長く書いてバテてしまったので、途中までで書き終えたのですが、同じような事を考えていました。
夢を叶えるための途中の努力から学んだことや、身につけたことは、夢が叶わなかった場合でも、ずっとその人のものだと思います。
また、夢は単純に叶ったか、叶わなかったか、という答えだけではなく、形が変わって叶ったと言える場合や、また夢をめざして進む過程で自然に夢の形が変わって行くこともあるように思います。

先生のブログは不定期ではありますが、内容が充実している素敵なブログですから、目が離せません。
これからも楽しみにしております。
次回お目にかかる時は、時間がありますので、ぜひ人生相談をお願いしたいと思います。(^^

>>タミイ様

大変恐縮です(^^;)生徒は私にとって宝です・・以前ブログにも書きましたが、ピアノだけでなく多くの事を逆に教えてくれます。レッスンが終っても生徒のことをどうしても考えてしまうし、自分の勉強に頭がいかないのが最近の悩みですが(汗)所詮限られた能力ではありますが私自身がもっともっと成長し、ピアノで生きるというほんのささやかな夢を叶えた者として演奏によっても生徒をひっぱっていければいいなと思います。タミイ様の人生相談に乗るなど何十年も早いと思われますので、こちらこそ宜しくお願い致します。


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